「——運命?」
コロコロと手の内でくすぶっていた賽が、思いもよらず指の隙間から転げ出た。
「だとは思いませんか?」
目の前の彼はそれに一瞥もくれずに笑っている。いつもの営業スマイルよりかは屈託のない方ですな、なんて。言葉にしたらまた、可愛げのない笑みに変わるだろうと思って口を噤んだ。
銀の柔くうねる髪が陽光を返し、絹糸のように透き通ったその向こうの、目の奥。
何を考えているのやら、とんとわからない、青。
「この学び舎で、この時間で、あなたと」
トン、トン、と黒い指先がゲームのボードの縁をリズミカルに叩く。一言ずつに区切りを置いて、まるでなにか、ここに在ることを確かめるように。
「この小さな盤面を囲んでいること」
僕の賽の目は三だった。色んな意味でなんとも言えない顔をして、けれどアズール氏は意に介さない腹づもりときた。 はあ。こうなってはこの後輩に好きに言わせておく他ないことを先輩はこの一年の部活動の中でよく知っているので、せめてもの抵抗とばかりに無言でコマを進めるしかないのだった。
「すごい確率ですよね、海に溶けた一粒の涙に再会するくらいの、途方もない確率。ねえ、イデアさん。これがまさに運命と呼ぶべきものでは?」
「またらしくなくセンチメンタルですなあ。どうしました? 例の思春期特有の病いとか? あ〜あ、病院が来い」
少々浮かれ気味の後輩をひひひと下卑た笑いで塗り潰し、
「運命って言葉、あまりにも無責任で僕は嫌い」
その、生臭く香る甘言を吐き捨てた。
「アズール氏だってそうでしよ?」
「ええまあ。運頼みは性に合いませんから」
「アズール氏は自分で選んでここに来た。違う?」
「違いませんよ」
「その選択があらかじめ定められたものだった、なんて。拙者でしたら虫唾が走って仕方ないですわ」
「ふふ、そうですね。虫唾が走っています」
あまりににこやかに同意を返され怪訝に思う。澄んだ青い瞳は穏やかに光をのせたままで、やっぱりさっぱり何を考えているのかわかったもんじゃない。
「ほら、だから——こんなものは『運命』なんかじゃないよ」
そう話を締めくくる。はいはいこんな青臭いムードはこれで終わり。こういう友情青春劇は一致団結に勤しむキラキラ陽キャの皆様方のご担当であって、決して校舎の隅の一室のさらに隅でちまちまコマをいじりながらどう相手のプライドを逆撫でしてやろうと画策し合う間柄で口にする言葉ではございません。
次の手番を急かすようにアズール氏の手のひらに賽を乗せた。が動かない。顔を伺い見ると瞳が少し伏せられている。 あれ落ち込んじゃった? なに、そういうキャラじゃないでしょ君は、だって、
「……それでもあなたに」
見据えられた青はやはり真っさらで、この時ようやく、彼の心は初めからなんの含みも持っていなかったのだということに気がついた。
「こんな名前を付けたくなってしまうくらいには、僕もすっかり参ってしまったということなんでしょうかね」
へらり、とはにかんだ頰。君にしてはとてもとても珍しい、ふたつのえくぼ。普段は勝気な眉尻が困りましたね、なんて風に情けなく下がってしまって。
ああ、ねえ、君、本当に『らしく』ないや。
だから、そう、僕もつられただけ、それだけだから、そんな目で見ないで、見るな、見るな馬鹿。
あなたもですよ、なんて笑う君が大嫌いだ!
Log : 2021.03.28